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最期の在り方


寒すぎた





すみません、あまりに寒すぎてメキシコの遺跡、チチェン・イッツァになっていました。



僕が突然チチェン・イッツァになってもブラウザバックせずにここまで読んでくれている方がいるかわかりませんがこれから記事を書きます、だってブログですから。


生きるのが億劫になるほど寒くなっているせいでお気づきになられない方もいらっしゃると思われますが、時はすでに2016年の11月の半ば。
この時期になると性根の腐った逆張りオタクですら「もう今年終わるのか~」とついつい口から漏らしてしまいます。
そしてそれを合図にしたかのように、行動力のある方々がその年を締める催しを企画する。そのおかげで僕のような人たちが季節感を失わずに済むんですね。
まあ忘年会って名前なのに上司の顔を見せられて何一つ嫌なことを忘れられないみたいな矛盾のタルトみたいな催しもありますけれど。


もちろんインターネット内だって例外ではなく、僕もTwitterで面白そうな企画を見つけました。
その名もスマブラ Advent Calendar 2016!

I have dog
勝手にリンクと名前出すのもどうかなと思って代わりに貼った犬語翻訳機。


2016年の締めくくりとして12月1日~25日の1日ずつを1人が担当し、スマブラについて書きたいことを記事に書く、つまり最終的に25ものスマブラ記事が集まるといったもの。
なにぶん僕もブロガーの不良在庫なのでこのビッグウェーブに乗ろうと思っていましたし、書く記事の内容もすぐに浮かんでいました。

ただ僕が諸事情で半年近くスマブラに触れていないということや、文章に触れて日が浅いということ、先に参加している人のテーマを見るにふざけたら悪目立ちしそうだったといったことから、自分は参加するにふさわしい人物ではないと思い手を引きました。


でもスマブラが好きだということには変わりがありませんし、一度思い立ったからにはどれほど稚拙な文章でもいいから書ききってしまいたい。
多くの人に見てもらわなくたっていい。同じ思いを持っている人が1人だけでも見てくれればいい。
ならせっかくブログを持っているのだから書いてしまおう。ということで今回は・・・


お葬式でスマブラをしても怒られないタイミングはどこなのか!?

こちらを検証していきたいと思います。

はせがわ
お仏壇のはせがわ。カットインを見てからガードが余裕だがコンボに組み込めば火力面でのポテンシャルを引き出せる。


スマブラ葬式。何もかも相反しているこの二つを協和させるのはいささか無理がある...というのは頭の固いステレオタイプの意見。
苦いコーヒーが甘い砂糖と協和したことで幅広く飲まれることに成功している背景があるのですから、一考の余地があるというもの。

「これ私も考えたことある!脳を覗かれてる!」
そう思われた方が一定数はいるかと思われますが、何も不思議なことではありませんし脳は覗いていません。
なぜなら『葬式でスマブラをしても怒られないタイミング』

『飛行機が飛ぶ仕組み』

『銀のエンゼルを1~3枚くらい集めて破棄する人の割合』

これらと並んで三大知的好奇心に数えられているから。誰もが考えたことがあるのです。


というわけで検証していきますが、これのために犠牲者を躊躇なく出せたらサイコパスもいいところなので、残念ですが仮想の葬式で机上論を固めていく形になります。
ちなみに今や携帯機でもスマブラを遊べる時代ですが、今回は据え置きを想定します。


~開式~


すでに弔問客は全員揃っていて、僧侶さんを待っています。


服のこすれる音以外は全く聞こえません。


誰もがうつむいていて声も発しませんが、この場の雰囲気が全員の心情を過剰なほど語っています。


明るい目をしているのは...何もわからないであろう幼児のみ。


なぜこれほど大人が集まっているのか?なぜみんな落ち込んでいるのか?


たとえ100の教えを心得ていたとしてもその幼児に伝えることは難しいでしょう。


...どうやら僧侶さんが来たようです。


僧侶さんの一礼に対し、我々も一礼。


二度目の別れ、弔いが始まります。


Ready...


GO!




なぜ斎場からつまみ出されてしまったのか?

事前に一人で行ったリハーサルによればここが試合を開始するのに完璧なタイミングでした。
弔いが始まると同時にReady GO!とナレーションに言わせることで心経に勢いがついてオーディエンスも沸くし、この善行でそのまま仏になれるんじゃないかなとまで思っていました。
しかしリハーサルを一人で行ったことによって、僕は僧侶さん側の気持ちになってみるということをすっかり見落としてしまった。
仮に僕が僧侶だったとしてあのタイミングでReady GO!などと言われたら新感覚のプレッシャーに耐えられず首から上が吹き飛んでしまい、棺を増やすことになっていたでしょう。

あまり詳しくはありませんが、ご遺族の前で首から上を吹き飛ばすなど仏道においてあってはならないことだったのかもしれません。
もしあのままつまみ出されなかったら...私は僧侶さんに恥をかかせてしまっていたでしょう。今では感謝しています。


~読経、焼香~


読経が始まりました。


始まる直前に棺を開けていつもの姿を見せるのではないかと期待していましたが...叶いませんでした。


中から見える表情は、昨夜見た受け入れがたいものと何も変わっていません。


着々とした読経を聞いている間は色々な思いが嵐のように頭を巡ります。


押し潰されそうになったころ、僧侶さんから焼香の合図がありました。


一人また一人、前の方から順番に。


それぞれが感情がぐちゃぐちゃになったような表情を浮かべながら焼香を済ませ、一人ずつ戻ってきます。


...少ししてから、中ごろの席にいる僕の番が回ってきました。

オウ イェッ

mario.jpg


イッヤアアアアアアアアアアアアアアアア

final.jpg




なぜ焼香の入れ物の角で頭を殴られてしまったのか?

今回はタイミングと技選択にかなり自信がありました。
火がいっぱいある方が盛大に弔ってる感じになると思いますし、技名もマリオファイナル、ファイナルですよ。どう考えても最期の時に出すための技じゃないですか。マリオ最後ですよ。
この理屈は間違っていないと思いますし、原因はそこではないはずです。
では何が原因だったのか?実は原因が潜んでいたのはマリオファイナルではなく、その前だったんです。


マリオファイナルはスマッシュボールというアイテムを壊さなければ出せない技。
しかもそのアイテムは試合中なかなか出せません。
焼香が自分の番になってからテレビに歩いてコントローラーを握り、じっとボールを待っていたのですが、そこに苛立ちが募ったのでしょう。予測が甘かったようです。
この反省を活かし、次回は読経中にWiiリモコンでマリオを遠隔操作することで盤石の状態に整えておこうと思います。


~閉式~


読経がとうとう終わってしまう。


仏道を歩んでいるわけではありませんが、何度も聞いていると切れ目がわかってきます。


切れ目がわかってくると...どういうわけか終わるタイミングがわかります。


始まった時に比べれば気持ちの整理はつきました。


とは言っても、受け入れきれているわけではありません。


なんだかんだ明日も顔を見ることができるんじゃないか。


死んだのだと何度自分に言い聞かせても絵空事が浮かびます。


これが終わったら本当に死んだものとして扱われてしまうのかと思うと、整理したはずのものにまた綻びが入る。


そんな心中を知ってか知らずか、僧侶さんが読経を終えてしまいました。


『それでは皆様お手を合わせて───』


ノーーーコンテッス
NO CONTEST



なぜ棺のパカパカする部分で首の骨を折られてしまったのか?

あんなにバンバンされるとは思ってませんでした。
何度だって言いますが、ノーコンをするという判断はやっぱり間違っていなかったと思います。ほらなんか...拍手とかするし...
しかし今回はこれまでと逆に、そのタイミングがまずかった。

終了直前でのノーコンは人を狂暴化させると昔聞いたことがあります。
かの有名な切り裂きジャックも、崖阻止をした瞬間にノーコンされたことをきっかけに凶行に走ったのだとか。
通り魔の影にノーコン試合あり とは有名なことわざですが、その通りだったということです。
棺のパカパカする部分で骨を折られたくないという方は終了直前でのノーコンを控えてみてはいかがでしょうか。



ざっと検証は終わりましたがどうだったでしょうか。
僕の気力との兼ね合いで3パターンでしか調べることができず、残念ながらこの中には怒られないタイミングはありませんでしたが、パターンをもっと細かく切り分けていけば必ず見つかるはずです。
ですが僕はもう年齢がネット断ちしていて然るべし年齢、次代のゲーマーにあとは託します。
未来の葬式を盛り上げるのは他でもない、ここまで見ている君たちです。

いやあ...

参加しなくてよかった!
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